正直に言う。『カラオケ行こ!』の続編が出ると聞いたとき、「ああ、人気出たから引っ張るパターンね」と思った自分がいた。完璧に終わった作品の後日談って、たいてい蛇足になるのが世の常だし。しかも次の舞台がファミレスって。カラオケからファミレスへのスライドが安直すぎないかと。
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……読む前の自分を殴りに行きたい。和山やま先生、完全に舐めてました。これ、続編じゃなくて「進化」だった。
読んでみてどうだったか
まず読後の率直な感想から言わせてほしい。
この漫画、読んでる間ずっと居心地がいい。深夜のファミレスの空気感がそのまま紙の上に再現されてるような、あの独特のぬるい温度がある。蛍光灯の下でドリンクバーのコーヒーを啜りながら、隣のテーブルの会話がなんとなく耳に入ってくる──あの感覚だ。和山やま先生の描くコマの「間」が、それを完璧に再現している。
ただし、居心地がいいからといって油断していると、刺される。
この作品の怖いところは、日常のなんでもないやりとりの隙間に、ぐっと心臓を掴まれる瞬間がいきなり差し込まれてくることだ。大学生になった聡実くんの表情の微妙な変化、狂児との再会シーンでの空気の張り詰め方。「あ、この子、大人になろうとしてる」と思った瞬間に、ちゃんと切なくなる。
読むペースは速い。1話あたりのページ数は多くないし、セリフも絶妙に削られているから、気づいたら上巻を一気読みしている。でもそのあと、じわじわと効いてくる。風呂に入ってるときとか、寝る前にふと「あのシーン、そういう意味だったのか」と気づく。遅効性の毒みたいな漫画だ。「何が起こったか」ではなく「何が起こらなかったか」で心が動く、珍しいタイプの作品。
欠点を挙げるなら、情報の出し方が渋い。行間を読む力がないと「結局何が言いたいの?」となる人もいるだろう。でもこの「語りすぎない」姿勢こそが和山やま作品の真骨頂だと思っている。
で、どんな話?
舞台は、大学1年生になった岡聡実のバイト先──深夜のファミリーレストラン。
東京で「普通の大人」を目指す聡実の前に、個性的すぎる面々が集まってくる。居座るマンガ家・北条先生、オタクでバンドもやってるバイト先輩・森田さん。そして、あの夏に出会ったヤクザ・成田狂児。
深夜のファミレスを起点に、聡実の日常は静かに、でも確実にざわつき始める。前作を知っていれば「あの二人がどうなるか」が気になるし、知らなくても「この関係、ただの日常じゃないな」と気づく構成になっている。累計60万部突破、2024年1月には実写映画も公開された『カラオケ行こ!』の正統続編。あの「地獄のカラオケ大会」から4年後の物語だ。
<PR>まずは試し読みでいい
ここまで読んで「和山やま、前から気になってた」「カラオケの映画良かったから原作も」と思ってる人は、正直もうこの先の文章読まなくていい。先に試読した方が早い。
この作品、最初の数ページの空気感で合う合わないがはっきり分かるタイプだ。合う人は、その時点でもう上巻をカートに入れている。
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この漫画の何が強いのか
核心的な強みを2つに絞る。
「間」の演出力が異常
和山やま先生の最大の武器は、コマとコマの「間」だ。キャラが何かを言いかけてやめる。目線がすっと逸れる。沈黙が1コマ挟まる。その一瞬に、セリフ10ページ分の情報量が詰まっている。漫画でここまで「空気」を描ける作家は限られている。「映画的」と言われがちだが、これは漫画でしかできない表現だ。
日常コメディの皮を被った感情劇
表面はギャグ・コメディ。北条先生の奇行は笑えるし、森田さんとのやりとりは軽快だ。でもその裏で、聡実が何かを抱えていること、狂児との関係が単純な再会では済まないことが、静かに積み上げられていく。笑いと切なさの配合比が絶妙で、前作からさらに磨きがかかっている。
多くの漫画は感情を言葉で説明しすぎるが、この作品は逆だ。「言わない」ことで伝える。その引き算の美学が、読者の脳内で勝手に補完を始めるから、刺さるとき猛烈に刺さる。
キャラの話をさせてくれ
大学生になった聡実くんは、中学時代のどこか頑なな可愛さから、もう少し複雑な表情を見せるようになった。「普通の大人になりたい」と言いつつ、普通から最もかけ離れた人間関係の中にいる自覚があって、その葛藤が地味に痛い。
狂児は相変わらず掴めない男だ。優しいようで冷たく、近いようで遠い。東京で聡実と食事をするシーンの、あの奇妙な距離感。読者の期待を分かった上で、決して答えを明かさない。ずるい男。
新キャラでは北条先生の存在感が際立つ。締め切りに追われるマンガ家のリアルさと、深夜ファミレスに居座る怪しさのギャップ。森田さんも単なるバイト先輩で終わらない奥行きがあり、キャラの層は前作以上に厚い。
こういう人は読め、こういう人はやめとけ
読むべき人:
- 『カラオケ行こ!』で聡実くんと狂児にやられた人。最優先読者
- 日常系が好きだけど、甘いだけの作品には飽きてる人
- 漫画の「間」や行間を読むのが好きな人
- 深夜のファミレスの空気に愛着がある人。あの空間が好きならそれだけで読む価値あり
やめとけ:
- サクサク話が進んでほしい人。この漫画は「溜め」が多い
- 行間を読むのが面倒な人。説明は少ない
- 明確な恋愛展開を期待してる人。この作品はそういう答えの出し方をしない
最後にひとつだけ
上巻を読み終わったとき、もし「え、ここで終わるの?」と声に出したなら、もうこの作品の術中にハマっている。和山やま先生はそういう引きを作る人だ。
逆に「ふーん、で?」としか思わなかったなら、たぶんこの先も同じだろう。この漫画との相性は、上巻で決まる。
自分は完全にやられた側の人間だ。ラストで放心して、即座に下巻のことを調べた。あなたがどっち側になるか──それは、読んでみないと分からない。
